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この記事に対するコメント
いいジャン!いいジャン!
トンネルを抜けると別空間だね。
【2008/07/01 23:43】
URL | 黒ラブ #-[ 編集]
こんにちは♪
MIYA先生もお母様も情報通ですね〜。
そのアクティブさはもしかしてお母様譲りだったりするのでしょうか。
こわぁ〜いトンネルを抜けると・・・・
っていう雰囲気が「千と千尋の神隠し」っぽくていいですね。 
【2008/07/02 11:32】
URL | 青空 #z8Ev11P6[ 編集]
お久しぶりです♪
今日は午後から晴れて27℃湿度70%。。発酵しそうです。(−−;Y
写真みたいな山の上のお洒落な場所でお茶!いいなぁいいなぁ〜♪
【2008/07/02 16:54】
URL | こんこんゆき #-[ 編集]
黒ラブさん
いや〜、あのトンネル、恐いったら!!!!
もう二度と帰っては来れないんじゃないか、みたいなイメージのトンネルでしたよ。
だからこそ、より現実と違った世界が開けていたように思えたのかもしれません 
【2008/07/03 21:10】
URL | MIYA #-[ 編集]
青空さん
こんばん!
今日は、有名なバター飴をありがとうございました
そうそう、「千と千尋」ですよ  何かの映画にあったな〜って思っていたんです。
アクティブさ・・・どうですかね〜。母は車が運転できないので、「行ってみたい」思いが強いのかもしれませんね。運転できない割に、盛岡だ、八戸だと、鉄道やバスで連れて行ってもらいました。あ、海水浴も、舟渡までバスで行ったり、堀内?まで鉄道で行ったりしました。昔、三鉄が出来る前も、鉄道が通っていたように思うのですが、勘違いでしょうか・・・!?覚えてません?
【2008/07/03 21:15】
URL | MIYA #-[ 編集]
こんこんゆきさん
そんなに暑いんですか・・・
こちらも今日は蒸し暑かったものの、動かない限りは苦しくはなかつたはずです・・・、この暑い中、部屋の模様替えをしていた私、汗だくです
すごーーーい山奥でした。素敵な所なのですが、いろいろと覚悟がいりますね 
【2008/07/03 21:18】
URL | MIYA #-[ 編集]
素敵なお母様ですね〜。
久慈に住んでいて、運転ができないってところがかなり魅惑的で素敵。外見も内面もかわいらしいお母様ですよね。
三鉄の前は、普通に国鉄がはしってましたよ。
国鉄からJRになったときに、宮古線は廃止が決まって、それはイカンっと、市が第三セクターでの運営に乗り出して、三鉄になったんです。
三鉄も大赤字で可哀相ですよね。
いつまでもつのかなぁ〜と、心配でなりません。
三鉄赤字せんべい、とか、三鉄赤字わかめの販売をしているのをご存知ですか?
ひっそり売ってるみたいですが、もっと大々的に売ればいいのにね!
バスも廃線になって、市民バスになったけど、一日1往復かそこらで、お年寄りの病院通いの足としてみても、不便そうですし・・・
私が仕事で忙しいときは、ちび猫がたまにバスで珠算教室にいくんですが、帰りのバスがないのでお迎えにはいかなきゃならないんですよ〜。とほほ(*´エ`*;)
【2008/07/04 09:45】
URL | 青空 #z8Ev11P6[ 編集]
青空さん
小さいからかわいくみえるんですよ〜  いつも喧嘩していますから
ですよね!国鉄が走っていましたよね。たしか、「久慈線」といいませんでしたっけ?あれ?「普代線」??やはり記憶が曖昧です。
三鉄の大赤字は大変ですよね。普代教室があったとき、たまに三鉄で・・・とは思ったのですが、運賃が高いから、やつぱ車で行こう〜つて思っちゃうんです。高いと乗らないし、悪循環ですよね。最近、いろんなことで、”負の循環”が気になる私です
市民バス、本数が少ないと利用しにくいから、「利用しよう」という気がなくなる→誰も乗らないから赤字→廃止、という”負の循環”ですよね〜。かといって、バーンと本数を増やしても効果はないんでしょうし・・・。
珠算にバスで行っているのはいいことだと思います。最近の子どもは、公共の乗り物に乗りなれないので、いざというとき、一人でどこにも行けないのが気になります。高校生に、「改札ってどうするんですか?自動改札つてどうすればいいんですか?」と質問されたときには驚きました。
ちび猫君には、すごい勉強になっていると思います。
実は、私も、ピアノにはバスで通っていたんですよ。栄町の「久慈小学校前」から乗って、駅で降りて、巽町まで歩いて行っていました。帰りは、ずーっと歩きか、父がいる時は送り迎えしてもらいましたが、ほとんどいない父でしたので、バスが多かったです。ちび猫君と同じ3年生のときからです。
【2008/07/04 13:55】
URL | MIYA #-[ 編集]
うお〜MIYA先生、すごい記憶力!
私ずっと宮古線だったと思っていて、今調べてみたら、宮古線は宮古←→田老間で、宮古←→久慈間は久慈線と呼ばれていたんですね。
同時になつかしさがこみあげてきました。
国鉄がフィーバーしてた昭和の時代がなつかしいですね。栄枯盛衰はいたしかたないけれど、今残っているものは長く大切にしてゆきたいものです。
ちび猫が、夏休みの三鉄パスポートを、500円で買ったんですよ。自分のおこづかいから。
なのでますます髪を切りに行くお金はなくなりました。(三愛のお姉さんに会いに行きたいだけのようだけど)
私は添乗しません。
駅まで連れてって、放置してきます。笑
男の子だからひとりで冒険させなきゃね〜♪
MIYA先生の自立力ってすごいなって思ってるんですが、子どもの頃からつちかわれてきたものだったんですね。本来の人徳もあるんだろうけれど、育て方とかも大切なんだろうな。いろいろMIYA先生のお母様にも教えられることが多そうです。通いつつ、観察せねば。( ̄ー ̄)ニヤリッ
【2008/07/05 10:06】
URL | 青空 #z8Ev11P6[ 編集]
青空さん
いやいや、私も定かではなかったのです。「久慈線」でよかったんですね。
たぶんですが、田野畑村には鉄道は走っていなく、普代村止まりではなかったかなあ・・・。
「国鉄」でしたからね〜  JRって、なんだかしっくり来ない感じがするのは古い人間ということでしょうか
私の場合、一人っ子ということから、特に厳しく育てられたように思います。新しいピアノの先生にレッスンをお願いするのも、高校生になってからは自分で電話して行きました。初回の挨拶の段になって、やっと親がついてきました〜
みたいな
でも、昔はそういうのも少なくなかったように思いますね。特に「えーっ!」と思うのは、大学受験のときです。私の時代は、みんな一人で行ったものでした。親が一緒に行った子は、うちのクラスではいなかったんじゃないでしょうか。今は、男の子でもお母さんがついていきますからね。それだけ世の中が物騒になったのかもしれませんけどね
【2008/07/07 14:48】
URL | MIYA #-[ 編集]
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